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  • 花と人

    「花鳥風月」という言葉がある。 Wikipediaで引いてみると、「花鳥風月(かちょうふうげつ)とは、美しい自然の風景や、それを重んじる風流を意味する四字熟語である。」とある。
    また「秘すれば花」という有名な言葉がある。世阿弥が「風姿花伝」 に説く日本美の究極を表す言葉のようだが、いささか謎めいている。

    僕はずいぶん以前に、ある造園家の団体から、当時流行りだした「Gardening」についての講演の依頼を受けたことがある。
    その時ある人から「日本庭園に花を植えるのは邪道である。」と言われ、強く記憶している。
    確かに伝統的といわれている庭には、極めて花が少ない。樹木の花は取り入れられているものの、草花は皆無に等しい。

    何も知らず庭を造り始めた僕は、当時の伝統的日本庭園に、強い違和感を持っていた。
    季節変化も少なく、重々しくかつ狭苦しい、しかも本物はずいぶん高価なので、
    模造品や偽物がやたらに多いように思えてならなかった。
    関東では「雑木の庭」が流行りだしていた。これだと思ったが、当時そのような材料を取り扱っている所は皆無だったと思う。
    当時、僕は山の中に住んでいたので、周辺にいくらでもあったいわゆる「雑木」を山取りして植えた。
    これが結構受けた。でも、足元が何となく寂しい。草でも植えようかという思いが、どうせ植えるなら花が良いと思い、
    知識もなかったが、いろいろ草花を植えてみた。これが女性に受け入れられ、なぜだか人気造園家になってしまった。
    雑誌などにも紹介されるようになり、それが先に述べた講演会につながった。

    「日本庭園に花を植えるのは邪道である。」と考えに対する反論はすでに持っていた。その一つが「源氏絵」。
    源氏物語を絵画化したもので、室町時代から江戸時代初期までずいぶん書かれたようだ。
    源氏物語の各場面を描いているのだが、なぜだかほとんどの場面に、庭が描かれ、そこには多くの花が咲いている。
    そうだ、平安時代の貴族の庭には花が植えられていたのだ。この「源氏絵」が僕の大きなバックボーンになった。

    しかしながら、人は何故に花を愛で、花で飾り、花を植えるのだろうか。

    僕には、植物や花について、生物学や植物学に則って、論理的に解説する知識も能力もない。
    これから書いてゆくことは、僕の勝手な思いであり、その根拠を科学的に示すことも出来ない。

    植物といってもきわめて多くの種類があり、それらは系統的に分類もされている、
    ここでは、花の咲くもの、それも美しく咲くものについてだけ考えてみたい。

    ①花はなぜ咲くのだろうか?
    ・・それは、子孫を残すため。花は生殖器。

    ②では、なぜ美しく咲かねばならないのだろうか?
    ・・それは虫を呼ぶため。(風媒花、杉檜などの針葉樹や、イネ科の植物などは、大量の花粉を風に乗せて飛ばし、雌蕊にたどり着いた花粉が受粉し、子孫を残す。種ができる。効率が悪く見える。
    ただ人にとって有用な植物はこのタイプが多い。これも不思議。)

    ③虫を呼ぶだけならば、臭いと蜜だけでよいのではなかろうか?
    ・・蜜や花粉は、花粉を媒介する虫にとっての食糧。その食糧があるからこそ、虫は花に集まってくる。
    ただ臭いが虫を誘う方法だとすると、臭いが混ざり合ってしまうと、ピンポイントで虫を誘うのが難しい。
    視覚に訴えかけると、ピンポイントでその蜜のありかを示すことができる。
    花から花へと飛び回る虫が、ついでに、花粉を媒介する。
    花を咲かせる植物と、虫は同時進化しているのではないかと思われる。
    (虫といっても、蜜を目的にするミツバチやチヨウ、ガ等、花粉を目的にする小型の甲虫類等。)

    ④花は何故にさまざまな色や形で咲くのだろうか?
    ・・虫に植物の種類を見分けさせる必要がある。ある種類の植物にとって必要なのは同じ種類の花粉。
    まったく別種の花粉を持ってこられても意味がない。虫は視覚的に花の分類が出来て、同じ種類の花から花へ、蜜を採取しながら花粉を運ぶのではないだろうか。植物にとっても他花受粉することによって、より環境に適合した子孫を残すことができる。

    ⑤花は何故に美しいのだろうか?
    ・・環境に厳しい場所に生息する植物(高山や乾燥地帯)は、短い生長期間に花を咲かせ、受粉し、種を実らせて、次世代にその種を残してゆかなければならない。したがって、様々な植物の種が一斉に花を咲かせる。
    ここに競争が生じる。この競争が、花をより目立つ美しい姿へと進化させたのではなかろうか。
    虫の視覚はそれを察知する。

    ?他の動物(爬虫類、鳥類、哺乳類)は花粉の媒介をしないのだろうか?
    ・・花の大きさに比して、他の動物の多くは大きすぎる。
    ハチドリのような極めて小型の鳥だけが蜜を吸うとともに花粉の媒介も出来る。
    他の大きな動物にとっては、花やそれに付随する蜜などは、単なる食料に過ぎない。
    食い荒らすだけで、植物にとっての利益は極めて少ない。したがって、毒を持つ植物も現れてくる。

    ⑦花と人の関係は?
    ・・人は唯一、美という概念を持った動物かもしれない。人の目は色彩を見分ける能力を持っている。
    この色彩感覚が美意識を大きく育てたのではないだろうか。身近にある色彩豊富な存在が花。
    食糧の対象だけではなく、花は身の周りを飾る対象へと変わる。

    ⑧花と人の共進化はあったのか?
    ・・植物と人の共進化は、栽培植物に顕著にみられるように思う。
    人が食料として栽培する植物は、植物の側から見れば、99%人に食わせれば、1%でもって人が育ててくれる。
    極めて競争力がアップする。多くの栽培植物はなぜか花の美しいものが少ない。稲、麦、トウモロコシ、ジャガイモ等々。
    また、杉、檜、樫等々。果樹類には花の美しいものも少なくないが、同様の種でも花を主に愛でるものに比べると、かなり見劣りがする。それは、植物の側からすると、美しくなくとも人が食料として栽培してくれるからだ。
    食わせさえすれば、人は栽培植物の奴隷のように働く。

    ⑨ついに花は人の美意識を利用する!
    ・・人は花の美しさに魅了される。植物もそれを敏感に察知する。
    美しくなれば、その植物にとってよりよい環境を人が造ってくれる。そして花はより美しくなる。
    人が美しく咲く花を増殖してくれる。たとえ種が出来なくても、美しい花を咲かせさえすれば、クローンとして増殖可能になる。種のできないF1という形でさえ、遺伝子は受け継がれてゆく。
    人が品種を新たに作っているように見えて、実は植物の側に作らされているのかもしれない。

    ⑩花と光
    ・・花は光があってこそ美しく見える。夜咲く花でも美しいものがあるが、多くは白色で香りが良い。
    香りでひきつけ、薄明りでも目立つ白色でその存在を示す。
    色の付いたものは太陽光がなければその発色の意味がなくなってしまう。
    太陽光にはすべての色彩が含まれている。その色彩を表現しているのが花。


    人は視覚を持った動物の中で、色彩感覚が最も豊かなのではないかと思われる。
    人の目は可視光線以外は見えない。夜目のきく動物は赤外線を感知するのかもしれない。
    紫外線を見分ける昆虫もいるのかもしれない。人は色を細かく分析して感じることができる。
    色に極めて沢山の名前が付けられていることからも、それが察知できる。
    人はその進化の過程で、薄暗い森から、太陽光が降り注ぐ草原に出たこと、あるいは森の一部に穴をあけ(樹木を取り去り)太陽光の溢れる「ニワ」造ったことを物語っていないだろうか。

    旧約聖書「創世記」によると、神は、初めに「天と地」を創造した。
    そして神は「光あれ」と言った。「光と闇」を分けることによって時間ができ、第一日目が始まる。
    この光とは太陽を指すのであろう。
    この太陽の光が地球上のほとんどの生物のエネルギーの源になっている。
    (深海にすむ生物には太陽光ではなく、地球から発せられるエネルギーで生存するものもいるらしいが。)
    この太陽光のエネルギーに対する感謝と喜びが、花として表現されているのかもしれない。
    広げて解釈すると、地球上の全生命の感謝と喜びの印が花ではなかろうか。

    人の色彩感覚の豊かさは、花を見ることによって得られたのではあるまいかとも思える。
    その生命の感謝と喜びが、美意識へとつながっていまいか。花ある場所は、感謝と喜びに満ちている。
    それゆえに、装飾の第一として花が使われる。

    一つ疑問がある。神仏に捧げられる花はなぜか神仏の側を向いていない。捧げる側を向いている。
    人に花束を贈る場合も、贈られた側はその花をほとんど見ることができない。
    花束を持つ花嫁も、ブーケで身を飾った婦人も、自らはその花を見ることはほとんどない。花はやはり装飾なのだ。
    花は人の目を引き付ける。花本来の意味と同じで、こちらを注目してください、との意思表示でもある。
    花を贈る側は、相手を注目しています、との意思を示している。

    女と男とどちらがより花を好むかといえば、断然女だろう。生理的な違いがそうなさしめるのであろうか。花への感受性が女性の方がより強いとすれば、美意識への目覚めは、女性の方が先だったのかもしれない。

    庭の歴史を見ても、それがはっきり表れているように思われる。
    平安期の貴族の生活は女性が中心だったと思われる。男はそこに通ってくる。外にあまり出ることのない貴族の女性は、庭が、慰みでもあり楽しみでもあっただろう。源氏絵にも見られるように、必ずどこかに花が咲いている。時代が鎌倉期に移り男中心の武家社会になると、庭から花が消えてゆく。禅や茶道が庭の中心思想になると、ますます庭は精神性を重んじ、抽象的で地味になり、それが日本庭園の伝統として定着する。一方、日本人が花が嫌いかというと、決してそうではない。生け花は華道として大成し、庭とは別に植物を鉢に植えて楽しむ「園芸」が発達する。支配階層ばかりではなく一般庶民にまでそれは普及した。庭を持てるのは支配階層か、富裕な商人や豪農だけであったろうが、鉢植えは狭い場所でも誰でも楽しむことができる。

    日本では「庭」と「園芸」が分化してしまった。
    幕末期に日本に来た、「フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト」や「ロバート・フォーチュン」は、日本の植物の多様さに驚愕し、たくさんの資料を母国に持ち帰っている。
    特にロバート・フォーチュンは、「日本人の国民性の著しい特色は、庶民でも生来の花好きであることだ。
    花を愛する国民性が、人間の文化的レベルの高さを証明する物であるとすれば、日本の庶民は我が国の庶民と比べると、ずっと勝っているとみえる」とまで言っている。

    フォーチュンは日本人の花好きを文化レベルの高さとみている。
    「花卉園芸」ばかりでなく、あらゆる分野での文化レベルの高さに驚いたのだろう。
    ただ、日本では長く続いた封建制故、庭は伝統的定型化されてしまった。
    茶道を筆頭とする家元制が、庭の変化を好まなかったのかもしれない。
    一方、園芸は庶民の楽しみとして、価値観が流動的で常に新しい流行を作りだしていたのではなかろうか。
    目新しく珍しいものは高値で売買される。庶民でもそれに参加できる。当然活気も出てくる。
    単に趣味と言うだけでなく、経済効果も生じる。
    ロバート・フォーチュンはその活気を見たのではなかろうか。

    イギリスでは女性も王の地位(女王)に就くことがができる。歴史的にも女性の地位が高く発言力があるのだろう。
    当然、庭(Garden)にもそれが表現される
    。造園技術と園芸の知識が統合された、多彩な植物の花々で彩られた庭が好まれる
    。造園と園芸の統合こそがGardeningなのだ。
    19世紀後半~20世紀前半に登場した、「ガートルード・ジーキル」は自身の画才と園芸知識でもって、色彩豊かな花の庭をデザインした。ジーキルの花の庭はたちまち女性を魅了した。以後、女性のガーデン・デザイナーが活躍することになる。
    花に関する感性は、男性よりも女性の方がはるかに優れていると言わざるを得ない。
    その新たな伝統が世界中に広がっている。

    この世界的な新たな伝統に先駆けて、日本では千年以上前の平安時代に、そのような花の庭がすでに実現されていた。
    今は実見することはできないが、源氏物語を絵画化した「源氏絵」(源氏絵もUPしているので参考に)としてそれを垣間見ることができる。これは、とても重要なことだ。

    男女平等を通り越して、これからは女性の時代になろうとしている。
    庭にもさらに花が求められる。庭の世界にも革命が起こりつつある。
    「秘すれば花」の花が、顕現される時代になってきているのかもしれない。
    それは原始の太陽の復活でもあろうし、また疲弊した地球も蘇るであろう。



    源氏絵

    参考資料として、僕の持っている「源氏絵」の資料を公開します。
    これは2,011年10月、「ヤフー・オークション」に出品されたもので、
    そのうち僕は7枚落札し、現在もその7枚を持っています。?
    出品者は「古美術栗八」さんで、出品のために栗八さんがスキャンしたデータのコピーを頂いたものです。
    描かれた時代は江戸初期ということですが、定かではありません。
    元は屏風か何かに貼ってあったのかもしれませんが、「源氏物語」五十四帖全て揃っている貴重なものです。
    源氏絵の資料として「豪華 [源氏絵] の世界 源氏物語」(学習研究社刊)がありますが、絶版となっています。

    ?01桐壷

    ?02帚木

    03空蝉

    04夕顔

    05若紫

    06末摘花

    07紅葉賀

    08花宴

    09葵

    10賢木

    11花散里

    12須磨

    13明石

    14澪標

    15蓬生

    16関屋

    17絵合

    18松風

    19薄雲

    20朝顔

    21少女

    22玉鬘

    23初音

    24胡蝶

    25蛍

    26常夏

    27篝火

    28野分

    29行幸

    30藤袴

    31真木柱

    32梅枝

    33藤裏葉

    34若菜・上

    35若菜・下

    36柏木

    37横笛

    38鈴虫

    39夕霧

    40御法

    41幻

    42匂宮

    43紅梅

    44竹河

    45橋姫

    46椎本

    47総角

    48早蕨

    49宿木

    50東屋

    51浮舟

    52蜻蛉

    53手習

    54夢浮橋




    【武部正俊オフィシャルブログ】
    「火(ホ)と「ニワ」と鍋釜」

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