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  • 出発点としての言葉

    何の知識も技術もなく庭を造り始めた僕にとって、最大の疑問は「人はなぜ庭を造るのか?」、
    また「僕はなぜ庭を造らねばならないのだろうか?」であった。
    この疑問は学校に行っても、誰かに師事しても答えてもらえるものではないと思えた。
    それで、庭園史なども多少調べてみた。
    文書や絵画彫刻などの最古の記録を見ても、そこにはすでに広大な庭園があった。

    旧約聖書冒頭の「創世記」には、神によって創造された「アダムとイヴ」は「エデンの園」と名付けられた「楽園」つまり「庭園」で暮らしていた。そして、蛇にそそのかされ、神から禁止されていた「知恵の木の実」を食べ、神の怒りに触れ、エデンの園を追放されてしまった。旧約聖書はそれを人の始まりとする。となると人の始まりと共に「エデンの園」という「楽園」的な「庭園」があったとこになる。
    旧約聖書的には「庭園」という環境から、人の歴史が始まった。ただ「エデンの園」は神によって封印されてしまい、人は再びその「庭園」には戻れない。そして、イメージだけが残っている。
    (このイメージは重要なので、また書いてゆくことになるだろう。)

    「エデンの園」に行き着いてしまうと、その元となる「ニワ」がまるで見えてこない。
    そこで、まず言葉を調べることにした。





    ニワの字義

    まずは「広辞苑
    にわ【庭・場】ニハ
    ①広い場所。物事を行う場所。神武紀「霊畤(まつりのにわ)を鳥見山(とみのやま)の中に立てて」。
    「いくさの―」「裁きの―」

    ②邸内または階前の、農事に使う空地。万四「―に立つ麻手刈り干し」

    ③草木を植え築山・泉池などを設けて、観賞・逍遥などをする所。庭園。
    万一七「楽しき―に梅柳折りかざしてば」。「―の手入れ」


    イ-波の平らかな(漁業を行う)海面。万三「飼飯(けひ)の海の―好くあらし」
    ロ-転じて、穏やかな天候。日和(ひより)。雨月一「―はかばかりよかりしものを」
    ロ-家の出入口や台所などの土間。
    ハ-家庭。「―の訓(おし)え」・

    次に「岩波古語辞典
    には【庭・場】ニワ
    《作業・仕事をする平らな一定の地域。神事・狩猟・漁業・農事作業などが行われる。転じて、今日の庭の意》

    ①神事の場。
    ②狩猟の場。
    ③漁場。
    ④邸内の、農事をする平らな場所。
    ⑤説教などの行われる場所。
    ⑥(邸内・階前などの平らな)庭園。
    ⑦台所などの土間。

    この「岩波古語辞典」記載されている「平らな場所」が全てに共通している。
    この「平らな場所」が大いなるインスピレーションを与えてくれた。



    登山の体験から得たもの

    ここから話は飛ぶが、若い頃の登山の経験から、「ニワ」について考えるある道筋を得ることができた。

    僕は高校時代から25歳ぐらいまで登山に夢中になっていた。雪山にも行ったし、渓谷も登った、そして岩登りもした。
    登山は常に平らな道ではなく傾斜のある道を上り下りする。
    時には道の無い藪をかき分けることもあれば、深い雪をラッセルしながら進むこともある。
    岩登りだと垂直な場所もあれば、オーバーハングしている所もある。
    肉体的にも非常に厳しいし、時には生命の危険さえ感じる。平らな場所が、いかに楽であるかを身に染みて知っている。
    この苦しみをもたらすのは、「地球の重力」。この重力と格闘するのも登山の楽しみでもあった。
    黒部峡谷・下の廊下に「奥鐘山」という山があり、この西壁が日本一の高低差を誇る岸壁とされている。
    この壁を山の大先輩と一緒に登ったことがある。この岩壁の最上部に「テラス」と呼ばれている岩棚があり、日も暮れてきたのでこのテラスでビバークすることになった。谷底まで600mばかり遮るものは何もない。
    ここのテラスは大きくて二人が十分横になって寝ることができた。平らなテラスで、何の恐怖心もなく安眠できた。
    別の岩登りの後、樹林帯のくぼ地でビバークしたことがある。落ちる心配のまったくない場所であったが、
    平らな面がなく斜めになって眠るため、まったく眠れなかった記憶がある。

    「ニワ」という言葉と、山登りの経験から、平らさの重要性を身に染みて感じ取った。
    さらに地球の重力-1Gの大きな意味を知ることになる。

    人間は垂直二足歩行する稀有な動物。
    他にも二足歩行をする動物(鳥類、カンガルー、かつての恐竜等)はいるが、その二本足で立つ体形はほぼT形(ほぼ水平か斜めの胴から垂直の足が伸びている)で、垂直にはほど遠い。急斜面だと、人間の二足歩行は不安定になり、場合によっては手も使わなければ上り下りできない。四足歩行の方がはるかに適応範囲が広い。
    二足歩行への進化の条件は、水平ないし極めて緩い傾斜面ではなかろうか。
    岩波古語辞典から導いた「平らな場所=ニワ」こそ、人間への進化を促した場所といえないだろうか。
    「エデンの園」そうであったように、「ニワ」こそが人の始まりの場所であったのではないか。

    その証拠が常に作られ続けている。建築を見ればそれがすぐに理解できる。
    建築内の床はほぼ水平に造られ、高層ビルはその水平の床を何層もの積み重ね。
    その階層を行き来する階段も水平の連続だ。勿論傾斜面もないではない。
    しかしそれもほとんどの場合極めて緩い傾斜面のはず。
    「平らな場所」としての「ニワ」が建築物の内部に取り込まれてしまったのだ。





    「水平性」と「重力」

    「平らな場所」「水平性」こそが人にとって最も重要な空間ではなかろうか。
    安全に二足歩行できるとともに、安全かつ快適に眠ることができる。
    「熟睡」、人が健全に生活するうえで極めて大切な時間であることは、誰でも実感しているだろう。しかも人生の3分の1ほどは眠っている。試しに傾斜面で寝てみるといい。決して熟睡できるものではない。電車の中等で爆睡している人をよく見かけるが、その爆睡には何らかの要因があり、決して安眠とはいえないのではないだろうか。

    さらに、地球の重力に対する安定性についても考えてみる。
    「水平な平らな場所」では、物は転がらないし滑らない。つまり安定している。また変化も起こりにくい。
    もう一つの安定性は「垂直」。地面に何らかの方法で固定されていれば、「垂直」は倒れない。
    これが斜めであると、よほど地面との接合が強固であるか、あるいは支えがないと倒れてしまう。
    人が垂直に立てるのは、その体形に比較して極めて大きな足を持っていることと、頭部の精巧な重力センサーが垂直のブレを察知して、微妙な筋肉の動きで垂直性を補正しているからであろう。身の回りをよく観察すればわかる。
    いかに「水平・垂直」で構成されているものが多いか。


    十字架」や「ダ、ヴィンチのウィトルウィウス的人体図」等は、「水平・垂直」の重要性を表したものではないだろうか。

    人体図

    ウィトルウィウス的人体図(wikipediaより


    この図は黄金比率をも表しているとされているが、立って両手を広げた姿はイエス・キリストの磔刑の姿と同じ十字架を表している。また十字架はイエス・キリストそのものの象徴となっている。
    常々、キリスト者が十字架を崇拝したりあるいは身に着けたりする姿を不思議に思っていた。
    忌まわしい死刑の姿をなに故にと、信仰心の無い身には理解できなかった。最近自身でも体験したことだが、この姿は「いかなることであってもこの現実を受け入れる」ということではなかろうか。
    キリストは磔刑になる身を受け入れ、人々の罪を一人受け入れ死す。それは、人々への許しと愛の象徴とされているのではなかろうか。それ故、信者は十字架を敬愛し敬いそして身にも着ける。
    (まったく信仰心の無い僕の勝手な思いではあるが。)

    あるいは重力の縛りから解放される「無重力」の象徴であるかもしれない。
    無重力はそれは天国を象徴している。





    「にわ」と「神」

    ここでさらに、「ニワ」という言葉の探究を試みてみよう。
    参考にしたのが「白川静-字訓」(平凡社刊)。漢字学者の古語辞典。

    には[庭・場]
     神を迎えて祀るひろい場所をいう、のち家屋の前後の空地をいい、また広い海面を海の庭のようにいう。庭園のことは古くは「しま(山斎)」といい、菜園のことを「その」といった。「には」は祭式儀礼を行なうところであるから、また「斎庭」あるいは「沙庭」のようにいう。場は「には」という語から転じたもので、これも神を祀るところであった。のち作業の場をいうのは、その清められたところで作業がなされるからである。
     他に[雄略紀]に「壇所」「獵場」、[記、上]「堅庭」、[記、垂仁]「大廷」、[記安康]「獵庭」などの語があり、[華厳音義私記]に[階塀 塀、倭に言ふ、爾波彌都」、[和名抄]に「場、壇ニハ」とみえる。

    庭の初文は廷、廷の金文の字形は、土主をおいた儀礼の場を示し、
    そこを囲い、土主に酒をふり注いで灌ちょうの儀礼をすることを示し字である。
    すなわち儀礼を行なうにあたって、神を迎えるところをいう。
    もとは屋外で、建物と建物との間であり、金文に大廷、中廷の語があり、冊名儀礼などはすべて中庭で行なわれた。
    のち屋ないが儀場とされて屋廡の形である广が加えられ、庭となった。
    しかし宮廷は・朝廷・法廷などには、のちにもなお廷の字を用いる。

     場も「には」とよみ、やはり祭式の場を意味する字である。
    場は易声・易は玉光が下方に向かって放射する形で、魂振り儀礼を意味する字であった。
    [説文]十三下に「紙を祭る道なり」とあり、祭壇の前のところをいう。
    [書、金藤]に、壇上の北に南面して三王の壇を作ることがみえる。
    この両壇の間を場といい、そこに犠牲や供物をおいて祭った。
    [爾雅、釈言]に「場は道なり」というものがそれである。墓中の羨道というものも同じ。
    [孟子、滕文公、上]に、孔子の没後、弟子たちが離散したのち、子貢がひとり「室を場に築き、獨居すること三年」とあり、[楊注]に「孔子の冢場、祭祀壇場なり」とみえる。
    [説文]にまた「田の耕さざるもの」「穀を治むる處」とあり、[周礼、場人、注]に「場とは地を?を作り、
    季秋に圃中を除してこれを爲る」とみえ、農祭の場ともした。庭・場はともに祭祀の場で、わが国の「には」の古義によくかなう字である。


    「ニワ」も「庭」も「場」も神を迎えて祀る場所であった。

    旧約聖書「出エジプト記」の最終章に興味深い記述がある。
    長くなるが引用してみる。(http://bible.salterrae.net/kougo/html/より引用)

    第40章

    40:1主はモーセに言われた。?40:2「正月の元日にあなたは会見の天幕なる幕屋を建てなければならない。?40:3そして、その中にあかしの箱を置き、垂幕で、箱を隔て隠し、?40:4また、机を携え入れ、それに並べるものを並べ、燭台を携え入れて、そのともしびをともさなければならない。?40:5あなたはまた金の香の祭壇を、あかしの箱の前にすえ、とばりを幕屋の入口にかけなければならない。40:6また燔祭の祭壇を会見の天幕なる幕屋の入口の前にすえ、?40:7洗盤を会見の天幕と祭壇との間にすえて、これに水を入れなければならない。?40:8また周囲に庭を設け、庭の門にとばりをかけなければならない。?40:9そして注ぎ油をとって、幕屋とその中のすべてのものに注ぎ、それとそのもろもろの器とを聖別しなければならない、こうして、それは聖となるであろう。?40:10あなたはまた燔祭の祭壇と、そのすべての器に油を注いで、その祭壇を聖別しなければならない。こうして祭壇は、いと聖なるものとなるであろう。40:11また洗盤と、その台とに油を注いで、これを聖別し、?40:12アロンとその子たちを会見の幕屋の入口に連れてきて、水で彼らを洗い、?40:13アロンに聖なる服を着せ、これに油を注いで聖別し、祭司の務をさせなければならない。?40:14また彼の子たちを連れてきて、これに服を着せ、?40:15その父に油を注いだように、彼らにも油を注いで、祭司の務をさせなければならない。彼らが油そそがれることは、代々ながく祭司職のためになすべきことである」。40:16モーセはそのように行った。すなわち主が彼に命じられたように行った。?40:17第二年の正月になって、その月の元日に幕屋は建った。?40:18すなわちモーセは幕屋を建て、その座をすえ、その枠を立て、その横木をさし込み、その柱を立て、?40:19幕屋の上に天幕をひろげ、その上に天幕のおおいをかけた。主がモーセに命じられたとおりである。?40:20彼はまたあかしの板をとって箱に納め、さおを箱につけ、贖罪所を箱の上に置き、?40:21箱を幕屋に携え入れ、隔ての垂幕をかけて、あかしの箱を隠した。主がモーセに命じられたとおりである。?40:22彼はまた会見の天幕なる幕屋の内部の北側、垂幕の外に机をすえ、?40:23その上にパンを列に並べて、主の前に供えた。主がモーセに命じられたとおりである。?40:24彼はまた会見の天幕なる幕屋の内部の南側に、机にむかい合わせて燭台をすえ、?40:25主の前にともしびをともした。主がモーセに命じられたとおりである。?40:26彼は会見の幕屋の中、垂幕の前に金の祭壇をすえ、?40:27その上に香ばしい薫香をたいた。主がモーセに命じられたとおりである。?40:28彼はまた幕屋の入口にとばりをかけ、?40:29燔祭の祭壇を会見の天幕なる幕屋の入口にすえ、その上に燔祭と素祭をささげた。主がモーセに命じられたとおりである。?40:30彼はまた会見の天幕と祭壇との間に洗盤を置き、洗うためにそれに水を入れた。?40:31モーセとアロンおよびその子たちは、それで手と足を洗った。?40:32すなわち会見の天幕にはいるとき、また祭壇に近づくとき、そこで洗った。主がモーセに命じられたとおりである。?40:33また幕屋と祭壇の周囲に庭を設け、庭の門にとばりをかけた。このようにしてモーセはその工事を終えた。40:34そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。?40:35モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。?40:36雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。彼らはその旅路において常にそうした。?40:37しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった。?40:38すなわちイスラエルの家のすべての者の前に、昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。彼らの旅路において常にそうであった。


    幕屋と庭
    モーセが神の指示に従って造った「幕屋と庭」の模式図。
    (出所http://www.dr-luke.org/Topics/mostholy.html)


    幕屋(テント)という簡素な建物に神が寄り付き、火と水のある「屋外空間」で祈る。
    これこそ「ニワ」「庭」の原点ではなかろうか。


     

    言霊

    新約聖書「ヨハネによる福音書」第一章の冒頭に

    1:1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。?1:2この言は初めに神と共にあった。?1:3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。?1:4この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。?1:5光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
    とある。
    言葉が神であり、言葉によって全てのものが出来たとあるという。

    また、「万葉集」(894)に山上憶良が

    神代より 言ひ伝て来(け)らく そらみつ 倭(やまと)の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり
    訓読万葉集text版より引用) 

    山上憶良は「言霊の幸はふ国」と歌っている。
    共に言葉が神によってもたらされ、人の世は言葉によって成り立っていることを示しているのであろう。
    「ニワ」という「ヤマトコトハ」に注目したのも、「言霊」(まだよく理解できていないのだが)を直感していたのかもしれない。

    日本語(大和言葉)は母音と子音がはっきりしており、濁音・半濁音や破裂音が極めて少なく、一音一音がはっきり区分された稀有な言葉ではないかと思う。古語辞典などでは「ニハ」と表記されているが、音としては「二・ワ」の方が適切かと思う。この二音に分解することによって、「ニワ」の意味がより具体的に理解できる。

    「ニ」ついて調べてみる。白川静の「字訓」によると、

    に[丹]土を意味する古語であるが、特に赤土のことをいい、また辰砂(硫化水銀)や鉛丹(硫化鉛)を含む赤土、またはその赤色、その質料をいう。

    とある。つまり赤色の土。赤色と植物の緑色は「補色」関係にあり最も目立つ。

    「ワ」については「字訓」でもふさわしい字義が見つからない。
    そこで日本の古代文字の一つとされる「オシテ」文字から探ってみる。
    オシテ文字の基本形は「ア」から始まって「ワ」で終わる48文字。
    これを「アワ歌」と称し、48音の音韻は、宇宙の成り立ちから発生したと考えられていて、
    アワウタには世界のすべての意味も包含されている。(池田満著「ホツマ辞典-漢字以前の世界へ-」より)


    アワ歌



    「ア」は天を表し、「ワ」は地を表す。
    このことから、「二・ワ」の二音は「赤土の大地」を表すと導くことができるのではないだろうか。

    植物の生い茂る緑の大地にポッカリ空いた赤土の地面は、天空からもよく目立つであろう。
    そこが、人の営みの場所であり、神と共に居る場所であると古代の人々は認識していたのではなかろうか。


    いささか我田引水のきらいもあるが、「ニワ」という「ヤマトコトハ」からさまざまな類推をしてきた。
    「ニワ」「庭」という言葉の根幹には、人の本質にかかわる壮大な意味が込められている。




    【武部正俊オフィシャルブログ】
    「火(ホ)と「ニワ」と鍋釜」

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